鳴り止まない拍手と最上級の花道を貴方へ

2026年3月29日(日)、ぴあアリーナMMにて行われた「ときめき♡春の晴れ舞台2026」をもって超ときめき♡宣伝部から杏ジュリアさんが卒業しました。
これは、私からジュリアちゃんへのでっかい愛を込めたブログです。最大級の感謝とこれから先の明るい未来への願いを込めたブログです。
ジュリアちゃんから宣伝部員へ、卒業のお知らせが届いたのは今年の1月13日でした。成人の日の翌日、ジュリアちゃんのお誕生日の2日前です。
夜にお知らせを読んで、泣いて泣いて泣き腫らして、そこから一週間くらいはずっと泣いていました。
好きになってからの4年間ずっとジュリアちゃんを見てきたから、選んだ道に対して納得する部分もあって、「ジュリアちゃんらしいな」という思いもあったんです。
だからこそ、ラストチャンスだった6人での紅白出場の夢を叶えてあげられなかったなぁとか、まだまだ6人と一緒に見たい景色が沢山あるのになぁ、とか......悔しさや寂しさが込み上げてきて苦しくて仕方がなかったです。
でもやっぱり、アイドルである以前に一人の人間の人生だから、トータルで考えてジュリアちゃんが幸せだと思える道であってほしいなというのが一番の思いでした。
それに、走り続けることの苦しさも少しは分かるから、「追いつけないと感じてしまう気持ち」を無視はできないよね、とも思いました。
あの日から3月29日まで、とても短い冬を過ごしました。
順番に更新されたジュリアちゃん、ひとちゃん、ひよりん、おはるちゃん、かなみん、愛貴ちゃんのブログ。一つずつ読みながら一回ずつ号泣しました。
お誕生日生配信では、ジュリアちゃんからの最後の言葉を聞いてまた大号泣しながら、「最後は絶対に笑顔で終わりたい」と強く思いました。(だって、前向きな卒業だから)
それから2月1日(日)に開催された、すみだトリフォニーホールでの「billboard classics 超ときめき♡宣伝部オーケストラ超最強説!!」。私はジュリアちゃん推しの友達と3連番で参加しました。
ジュリアちゃんの卒業を知らずに組んだとは思えないほど、杏ジュリア色に染まっていたセットリストでした。Dear friendでの仁香ちゃんの姿が一生忘れられません。私だってずっと杏仁の姿を見ていたかったです。どんなに前向きな歌を聴いても、本音の本音は「終わってほしくない」「ずっとこのままがいい」です。私にとってはこの6人のとき宣が最初に好きになったとき宣で、4年間ずっと生きる元気をもらってきたとき宣だったから。
オーケストラライブは、結局ずっと泣いてしまいました。笑顔でいたかったけど、無理でした。悲しくて寂しくて、今この瞬間がとてつもなく愛おしくて、終わりが来るなんて嫌すぎて.......。
それから約2ヶ月、仕事や新生活の手続きなどに追われながら過ごし、「来るな、来るな」と思っていた春がついにやって来てしまいました。
いつもは待ち遠しい桜の開花。今年だけは、少しでも遅れて欲しいと願ってしまいました。
でも、春は来るんですよね。否が応でも季節は巡ります。
ジュリアちゃんが卒業する晴れ舞台当日は、それまでの雨が嘘のような風光る春の陽気でした。桜も綺麗に咲き誇っていました。

前向きな卒業だから、涙の雨は降らせないぞ!という意気込みが感じられる天気でした。
晴れ舞台で披露してくれた歌や、ジュリアちゃんが届けてくれた言葉の全てに思うものがあったのですが、それらを書き出すと5万文字くらい必要になってしまうので今回は割愛し、いつかnoteの方にライブレポとして書き残したいなと思います。
ここではかい摘んで少しだけ感想を書いておきます。
1日目に嬉しすぎてイントロで飛び跳ねたのは、「プリンセスプリンセスプリンセス」と「せきがえのうた」でした。大好きな歌を最後に6人の歌声で聴くことができて本当に幸せでした。
2日目はまさか「ドンフィクション」が来ると思っていなくて、「いやいやいやいや………」と呟きながらイントロでもう泣いてしまいました。ドンフィクションには思い入れが強くて、2024年夏のZepp羽田で聴いて大大大号泣をした思い出があります。
晴れ舞台のあのドンフィクション、私は一生忘れません。きっと10年後、20年後、ふとした時に思い出していると思います。最幸の思い出をありがとう。
開花宣言での最後、6枚の花びらでつくられた桜。絶対的主人公で天高く突き上げられた6つの拳。これで6人では最後の披露なのに、自転車に跨るというトンチキ演出で笑わせてくれた初恋サイクリング。少し震える声で、それでも見事に歌いきった「うぬぼれくらいでいいじゃない」。
挙げればキリがないほど、眩しくときめく思い出でいっぱいの春の晴れ舞台でした。
とき宣としてのジュリアちゃんの姿が見られなくなったこと、あの誰にも変え難い美しく愛らしい歌声がとき宣として聴けなくなったこと、毎朝のおはようツイートがなくなったこと、何もかもが今はとても寂しいですが、それでも、ここを乗り越えた先にもっとときめくキラキラな未来が待っているんだろうなと思います。
だってジュリアちゃんが一生懸命に考えて出した結論だから。
春の晴れ舞台、1日目も2日目もジュリアちゃんの挨拶のあと皆んながこの時間を終わらせたくなくて、ジュリアちゃんへの愛を最大限に伝えたくて、拍手がずっと鳴り止まなかったことを覚えています。
それでも、ちゃんと拍手を止めて前に進もうとしてくれたおはるちゃんを始めとするメンバーたち、本当にありがとう。
ジュリアちゃんだけじゃなくて、これから先もとき宣を続ける選択をしてくれた5人にも同じくらい強い愛と感謝を感じています。
涙脆いはずなのに、最後まで(本当は今も)気丈に振る舞ってくれているかなみん、ひとちゃん、おはるちゃん、愛貴ちゃん、ひよりん。本当にありがとうございます。
「明るい未来に向かって突き進んでいくぞ!」という軸をブラさずにいてくれるから、宣伝部員も信じて着いていくことができます。
ジュリアちゃんが言っていた通り、これまでに私たちがとき宣ちゃんから受け取った"ときめき"は一生涯消えることはありません。「未来永劫♡」です。
そしてジュリアちゃんに言われた通り、私たちはこれからもときめき続けます。ジュリアちゃんもきっとどこかで、今度は宣伝部員的な視点でときめいてくれているかな、と思います。(そうだったらいいな)
初めてYouTubeで「すきっ!」のライブ映像を見て恋に落ちたあの日から今日までの4年間、数えきれないほどのときめきを届けてくれた6人、本当にありがとうございました。
仕事がどうしても上手くいかなくて、苦しくて仕方なかった時に励ましてくれたのが「トゥモロー最強説!!」でした。恋愛で思い悩んで落ち込んでいた時に寄り添ってくれたのが「ドンフィクション」でした。そしてこの春、新しい生活とジュリアちゃんとのお別れの中で元気をくれているのが「どりーむじゃんぼ!」です。私も「恋の神様のおみくじを 大吉出るまで 100回ひくっ!」くらいの明るさと根性と意気込みをもって人生を生きていきたいと思います。
ジュリアちゃん、7年と5ヶ月、超ときめき♡宣伝部として本当にお疲れ様でした。岡山で話した思い出はずーっと私の宝物ですし、ジュリアちゃんが一貫して伝えてくれていた「自分を一番の推しにして欲しい」というメッセージもちゃんと届いています。
これから先、ジュリアちゃんの夢が沢山叶っていきますように。ジュリアちゃんにはキラキラなミライが絶対に待っています!
そして辻野かなみちゃん、小泉遥香ちゃん、坂井仁香ちゃん、吉川ひよりちゃん、菅田愛貴ちゃんの人生もこれから先ときめきで溢れたものでありますように!!夢たくさん叶えていこうね。まずは念願だった日本武道館!今年の夏もアツいライブを楽しみにしています🧡🪄⸝⋆꙳‧⁺

Hello, September.

今年の夏は、夏らしいことをほとんどやらなかった。
昨年までは仕事のなかに夏の行事が目白押しで、七夕、灯篭祭り、水遊び……と子どもたちと一緒に夏を楽しんでいた。
今年はそもそも家から出た日も少なくて、ずっと寝て過ごした。寝て起きて、友達と電話して、ご飯を食べて、アニメを見て、また寝る。
26歳の夏はそういう夏だった。
本当は尾道にも行きたかったけれど、行けなかった。
今じゃないのかな、という思いもあった。
8月が終わって、まだまだ暑さは続くけれど9月が訪れた。
すぐに秋と冬がやって来るだろう。私の大好きな季節。
秋の終わりになったら復職する予定だから、また少しづつ社会人の生活リズムに戻っていくだろうか。
大人になって初めての夏休みだった。
大人が夏休みを取るときは何かがおかしくなってしまった時だから、大学生みたいに遊びまわることはなかったけれど、それでもいい夏だった。
次の職場ではどうか長く働くことができますように。もうおかしくならなくて済みますように。
他者にばかり責任の所在を求めないで、自分自身のなかにある課題にもしっかり向き合おう。
コミュニケーションをもっと上手に取れるように、自分と違うタイプの人とも円滑にやっていけるように、心の膿を溜め込まないように。
肝に銘じて。でも無理はしないで。
命より価値のある仕事なんて存在しない。
正社員で働いて、20代前半から付き合った人とそろそろ結婚して……っていう人が周りに多すぎて、たまに本気で気が滅入る。
私の人生が不正解って言われている気になる。
そんなことないって言い聞かせるのも疲れた。
一人暮らしして仕事して、でもダメになっちゃったこと、お母さんから「失敗」として扱われたことに結構傷ついた。
私は何ひとつ失敗だなんて思っていなかったから。
尾道で過ごした時間は私の宝物で、叶うことならもっとずっと居たかった。
気を強く持つのも疲れた。
何かを成し遂げたいとか思えない。
どう生きたい、とかない。
こんな過ごし方って格好悪いと思うけど、格好つけて頑張る気にもなれない。
今はまだ、元気が出ない。
この夏休みが、私のこれからの人生や生き方において価値あるものになりますように。
「あの時、立ち止まって考えこんでいた日々も無駄じゃなかった」と思える日がいつか来ますように。
Hello, September.
美味しい珈琲を飲みに行くことから始めていこう。
花が咲く季節に
死にたくないからブログを書くね。
この苦しさを何処かに逃してあげないと、私はおかしくなっちゃう。
鬱になった時の、この特有の胸の苦しみ。
心理的なものじゃなくて、確実に物理的に胸が痛い。胸の前の部分がぐるって捻られるような感じ。
息が浅くなってしまう。
生きていく自信がなくなってしまうし、頭がぼうっとして考え事ができなくなる。
大音量で音楽を聴くことしかできない。
これまでに見つけてきたお守り達をかき集めて順番に自分に聴かせてみる。
「大丈夫だよ、こっちが私の人生だよ。お願いだから、たまたま出会ってしまった邪悪な人に引っ張られすぎないで」って。
でも無理だよ。
そんな簡単じゃない。
これくらいで心の病気が解決する世の中なら、自殺する人はもっと少ないはずだし、メンタルクリニックなんか必要ない。
今度、精神科に行ってみようと思う。
薬とかで解決するならそうしたい。もう無理。おかしくなっちゃう。
早く家族のところに帰らないと。このまま一人でいたら、そんな状態で虐められるような状況に身を晒していたら、私は本当に取り返しのつかないことになっちゃう。
死に向かう動きにチェンジしてしまう前に、まだまともに頭が機能しているうちに何とかしなきゃ。
どうして、私なんにも悪いことしてないのに、邪悪な人間のせいでこんなことにならなきゃいけないの?
自分の母親じゃなくて良かった、と思うしかできない。せめて身内じゃなくて良かった。
人には人の地獄があると言うけれど、私の人生ではここが地獄だよ。
保育士になんてなったらいけなかったんだ。
働き始めてから3年、酷いことを言う人に沢山出会ってしまって、私はもう二度とこの仕事に就く前の状態には戻れない。
こんなの成長じゃない。
春が来たなら

1.
社会人になってからの二年間、特にこの一年間は、noteで何度文章を打っても、同じようなことばかり書いてしまった。
仕事がつらい。落ち込むことばかりだ。自分の心を守るために怒りの感情が先行する日もあるけれど、それも結局、最後は悲しい気持ちにつながる。抜け出せない。
世の中には労働に喜びややりがいを見出す人もいるようだけど、私は違うのだと思う。
太陽星座も月星座も見事に蟹座の人間である。幼い頃から占いの本を開くたびに、「母性」というワードが目に飛び込んできた。なるほど、この仕事にも就くわけだ。持ち合わせた母性を注いでも注いでも嫌がられずに、感謝すらされる仕事。小学生の時から、自分は保育士になるのだと、疑いもしなかった。
一年目で小枝が折られたとしたら、二年目の今年は幹に思いきり斧を入れられ続けている感覚。痛すぎる。私、この仕事続けられない。
2.
昨年は、尾道に越してきた。越してきてよかったと思う。
尾道のことが、この土地で暮らしている人たちのことが、心底好きだと思う。まだ知らない部分の方がずっと多いから、知った顔で「私はあなたが好きです」なんてことは言えないけれど。知っていったら、きっともっと好きになる。
だから教えてほしい。普段考えていることや、最近嬉しかったことを。君をかたち作っているものたちの話を。
最近はずっとまん延防止が出ていて、一番行きたいご飯屋さんが休業している。山の中腹にある、ご飯と珈琲のお店、アルトさん。
アルトさんはすごい。いつも私の好きなものが出てきて、店主さんが優しくて、キューッと圧迫されていた脳味噌が緩やかに解かれていくような場所。あの味を早く食べたい。優しい場所。お守りのような場所。
3.
妹に会いたい。お母さんにも、お父さんにも会いたい。毎週末実家に帰りたい。
私にとって、一番安心できて、ありのままでいられる居場所。みんなでUNOやりたい。
4.
弐拾dBの、一番奥にある椅子が好き。
あそこに座ると、ちょうど講談社文芸文庫の並んだ本棚が見える。私の一番好きな本は、そこから刊行されている。
『さようなら、ギャングたち』
私が死んだ時は、この本と一緒に燃やしてほしい。そうしたら、何度だって読み返せるでしょう。
人は、好きな花の咲く季節に死ぬのだと、むかし藤井さんが教えてくれた。
それならば、私が死ぬのは春だろう。
5.
いつも、心のどこかで「逃げたい」と思っている。その結果が昨年春の引っ越しだったのだろうか。結局、ちがう悩みが生まれて、苦しさからは逃げられずにいる。
人の人生において、「四苦八苦」とはよく言ったものだと思う。その苦しさたちを背負ってでも生きる理由はどこにあるのだろう。
生きるというより、生きてしまう。と言った方がしっくりくるだろうか。
私の場合は、エンターテイメントが生き抜くための目標のような気がする。
あのコンサートのため、あの映画のため、生きてしまう。映画館の椅子に腰掛けて、館内の灯りが落ちて、映画予告の音が一層大きくなってきた時、「私の人生のメインは、この時間だ」と思う。
遊びこそ、私の人生のメインだ。一生遊んで生きていたい。
人生の軸なのだから、生半可ではいけない。本気で遊ぶのだ。(それは、=賑やかに騒ぐということではない。私は私の温度感で、本気であれば良い。)
6.
普段はnoteにばかりブログ(?)を書いていて、はてブロに文章をあげることは滅多にない。読み返したら、昨年も一昨年も夏にブログを書いていて笑ってしまった。
「地獄だ……」って這いつくばっていた自分が思い出される。
夏はさ、あの異様な暑さでイライラした年上の方々にあたられまくって、涙もうまく出せないような気の狂い方をしてしまうのだ。だから地獄。人の余裕を削ってしまう季節だから。
冬眠しなくていいから、夏の間だけ仕事したくないな。
7.
もうすぐ桜の季節ですね。この前、桜よりも明るいピンク色のカーディガンを買いました。
春になったら着ようと思います。
尾道の春、たまらなく好きです。夏も秋も冬も好きだけど。春は特別。始まりの季節だから。
今日は土曜日。夜になったら、ドラマ『おいハンサム!!』の放送です!
チキン弁当。五番街のマリーへ。傘を横向きに持つ男性。残り7センチのネギ。
愛おしいドラマだよ。

八月の魔物に挨拶を
今晩は、今晩も、眠れないね。
こういう夜はエンターテイメントに甘えきってしまう。
音楽と芸術と文学の海に溺れていたい。
朝なんか来ないで。まだ心臓が痛いままなの。
さて問題です、私は八月を生き抜けるでしょうか。
思い返せば昨年も「地獄だ……」と呟きながら這っていました。
息を潜めるような季節に、いつからなってしまったの。あんなに夏が好きだったのに。
もはや誠実であることしか生き方が分からなくなってしまった人間は、ただひたすらに一日、一日を重ねていくしかありません。
逃げたいけど、逃げる場所もよく見えなくて、そんな元気も残っていなくて。
やっとの思いで己を奮い立たせて玄関に立ちます。ぐっと目を瞑って、その涙は夕方のお風呂場に捧げましょう。
大丈夫、なんて無責任なこと、自分以外にはもう言えない。
大丈夫だよ。死なないよ。ちゃんと生きているし、家族も友達もいるよ。大丈夫だよ。
週末は温泉に行こうかな。
カレーをご馳走してくれるっていう話もあるんだ。
大丈夫、私はよく生きています。本当によくやっています。大丈夫。
八月の魔物に挨拶をして、夏を始めましょうか。
「どうか、お手柔らかにお願いいたします」
弔うように夏を齧った
夏が終わる。
私は生きることに必死なので、毎年その季節に何かを刻みつけようとする。今年の夏は、もしかしたら東京で過ごす最後の夏になるかもしれない。なると良いな。良いだろうか。私には、私のことが分からない。
コロナ流行の夏と、東京五輪真っ只中の夏、パラレルワールドのようだ。実現しなかった夏は、人々の心に宿り続けるだろうね。それぞれに美しいかたちで、補完されて。
私は夏が好きだけれど、今年に限っては夢見心地な思い出で終わらせられるものじゃなかった。本当につらかった。八月の終わりが、ひとつ生き抜くための目標だった。そこだけを見つめて、息を殺して地獄を生きた。本来なら死んだ者が行く場所だろうに。
休みの日は休めばいいのに、欲張りな私はそれでも尚、夏を自分のものにしようと(半ば無意識に)必死だった。
映画館にたくさん行った。ディズニーランドとディズニーシーに行った。友人の家にスイカを丸ごと持ち込んで、齧った。ドライブにも行った。雷雨に見舞われて、終わって欲しいような欲しくないような時間だった。
人生とか旅とか、そんなことについて考える。
現実を見ろと言いながら、夢を叶えようと言う社会。どうせ皆んな無責任だ。
いつか、この夏を抱きしめてあげることができるだろうか。今は少し逃げたいよ。あまりにも疲れてばかりだ。
弱音ばかりで嫌になる、と母。そうだよね。社会人になってから、何度も文章を打ったところでいつも同じことの繰り返しなんだ。それでも書かずにいられない。嫌になるよ。
クーラーばかりの部屋を少しは換気して。扇風機の掃除もして。衣替えをしようか。服も、本も、心持ちも。
私は私の季節を生きるよ。
夏の青さに挨拶をして、秋を迎えにいこう。
おやすみなさい。会いたい人に会えなかった夏。珈琲だけは、変わらず優しかったよ。

幸せについて
幸せについて、たまに考える。
「幸せになりたい」という願望がそもそも的外れであること。
自分の幸せが他人にとっても幸せとは限らないこと。
幸せになりたい人と、幸せに見られたい人の違い。
大学生活が終わろうとする今、この夜、わたしは幸せだ。今日には今日の幸せがある。旅先で買っておいた珈琲を淹れて、慕っていた先輩が贈ってくれたクッキーと共にいただく。テーブルにはチューリップの花。この冬の密かな楽しみだったドラマが佳境に突入した。午前4時、夜更けを越えた先のわたしだけの時間。わたしだけが知っている幸福が、確かにここにある。
四年前、三年前に自分が追い求めた幸せと、今日のわたしが求める幸せは別物だ。同じ人間でも、生きていけば幸せの感じ方や対象は移り変わっていく。それはごく自然な変化で、人生を生きられていることの証でもある。
20歳のときの幸せは、20歳の自分だから感じられたものなのだ。あの時の幸せを経たから、強くも弱くもなった自分が今日を生きている。
だから大丈夫。あの恋も、あの春も、あの会話も、たまに無性に立ち戻りたくなるけれど、ちゃんと思い出にできる。そうすれば、これからも必ず、その時々の幸せを見つけられる。
大学生活は本当に楽しかった。思い出からこぼれ落ちてしまうものが多すぎるくらいに。楽しかった。
でももう思う存分楽しんだから、お酒だって充分すぎるほど飲んだから、お終いにできる。
春からのことは、今はまだ考えたくないけれど、きっと幸せなことの方が多いよ。だから大丈夫。自分の世界が変わろうとする春に、今日までの幸せが味方になってくれることを願って。
そろそろ寝ます。おやすみなさい。
